脊振日記 目次(Vol.28) 脊振日記メニューへ バックナンバーへ
7月31日 別荘へ来客
8月 5日 道 草

8月 6日 我輩は鴨
8月10日 大都のオアシス
7月31日 別荘へ来客


大半の子供達は着くや否や下の川に降りて行った。魚を獲る者、泳ぐ者、スイカを冷やす者、一部の動物好きは犬やウサギと遊んでいる犬達も子供達とは心が通じ合うとみえ、なかなか離れない。迷走台風が近づきつつあるが
夏休みの記念の1ページになること間違いなし!大人達もバーベキューの準備で大忙し。こちらも嬉々満面と見えた。

暑いさかり
野球チームの少年少女達がやって来た。今夜は別荘で一泊。同じ釜の飯を食う。日頃は静かな脊振別荘、子供の声があちこちでこだまする。この異変を一番喜んでいるのが5匹のワンちゃん。 柵沿いを猛スピードでかけまわっている。子供達は17人と聞いたが付添いの大人達をいれると相当数。


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8月5日 道 
多田道太郎氏の言によると、道草を楽しむことは人間の理想像ではないかといっている。アタフタ、アタフタ、自分の影に追われているより道草をすることにより、自由と遊び の人間の原点にかえるという。自分に都合の良いところだけ真似るわけではないが会社から脊振別荘まで片道約30km。同じ道を時計の振子のように通りたくない。時には立止まり、またわき道にそれ、あるいは回道をし、目を凝らし道草をくい、生き生きのアホクサ人生を楽しむようにしている。デジカメ(会社の物)を持って発想を転換しトキメキを覚えつつ。
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8月6日 我輩は鴨


金網の隙間から抜け黄色い壁の家の前庭を歩いて通る途中、旧池や虫達を見ながら上の池に着く。ここでは大好物のカエルや新鮮な草も生えていて自然食をして水面で過ごす。帰りも来た道を尻を振り振り歩いて帰る。危険は覚悟のうえだが飛ぶのは最後の手段にして 足腰を鍛錬しているつもり。池では昨年2羽のヒナをかえし、一時8羽になったが、なぜか4羽は隣へ脱出し先輩達と合流している。
”鴨 生涯もまた楽しからずや”
脊振に来たのは平成14年9月。6羽の仲間と共にやって来た。住所は服巻、新鴨池。近くの旧池には先輩の鴨が住んでいた。冬は山だけあって寒いが過ごしやすい。何せ我輩の羽毛は超一流の保温と、水はじき効果ばつぐん、かえって夏の日射しが苦手である。現状に別段不満はないが、去りとて何かを成さねばならぬ目的も使命感もない。唯一の楽しみはこの池を抜け出し約30m離れた上の池で独りの時間を楽しむことである。

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8月10日 大都のオアシス

九重・祖母は背骨、霧島は足腰、脊振はのど仏である。脊振は一方を筑後・佐賀平野に向け、もう一方を遠く東シナ海に向けにらみをきかし、また大動脈の集中する二日市から鳥栖を監視している。また大都、博多及び佐賀の戦士達が自然のリズムを取り戻すオアシスでもある。
脊振に立って九州を大観し夢想する。中心に九重から祖母の深い山あり、北部に山群山系。脊振山系南部に霧島山系。高速道は人形を成し血流のごとく走る。頭脳部分は百万都市博多。博多から南下し狭い二日市を抜けると中原の筑後・佐賀平野。この重要なせまい部分の一角を脊振山系が制している首の部分であろうか。

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2004 盛夏
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