脊振日記 目次(Vol.72) 脊振日記メニューへ バックナンバーへ
4月 3日 暇な休日
4月 8日 萌える春
4月3日 暇な休日
 何もするあてのない休日、隣町の図書館内をブラブラしていて、一冊の本が目に止まった。
表紙の版画は裸の女性であった。手に取ってみたら「不良定年」とある。何となく惹かれた。類は類を呼ぶのだろう。
借りて読みつつ、一人で大声を出して腹の底から笑い転げてしまった。あまりにも、自分の考えに似ていて、著者の飾りのない表現に、ほとほと感服し、一すじの光明を見た。

 ・落ちぶれた同僚にたかる (同情は命とりとなる)
 ・宗教活動に関与しない (無常を知る)
 ・占いを信じない (自分の運は自分でひらく)
 ・名声を求めない (なにをいまさら)
 ・義理の葬儀には行かない (疲れるだけ)
 ・触覚で価値判読をする (女もこれでいくに限る)
 ・淋しさを食って生きる (孤独は老後の栄養である)
 ・ぐれる (とことん堕ちてみて、地べたより世間を見つめよ)
 ・風狂でいく (吉田兼好や西行に学ぶ)
 ・美的生活 (これが余裕というものだ。一輪の野草を見つめよ)
 ・ゆっくりと急ぐ (開高健氏の流儀である。残り限られた人生だもの)
 ・説明はしない (わかんないやつに説明するだけ疲れる)

著者の嵐山光三郎氏が、自分なりの原則を持とうとして、面白く掲げた百項目のうちの一部であるが、含蓄がある。あとがきの「善人定年となるなかれ」では、次のようにあった。

還暦をすぎると、血縁者より友人が、地獄の世間を生きていく頼りになる。生き方は別でも、共通する風雅なる価値観、 共鳴する無駄な時間、遊ぶ企画力が重要な条件で、その共通項が不良性であると述べている。
同世代の著者の考えに親しみを覚えたし、得るところも大であった。人生は常に、始めて経験することばかりであるが、年を重ねても暗いことばかりではなく、楽しいこともたくさんある。

「私たちの生命は、受精卵が成立したその瞬間から、行進が開始される。それは、時間軸に沿って流れる後戻りのできない 一方向のプロセスである。」
「私たちは、自然の流れの前に、跪(ひざまづ)く以外に、なすすべはない」
と生物学者の福岡伸一氏は言っている。
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4月8日 萌える春




わさびの花
 ここ脊振にも遅い春がやってきた。白梅も紅梅も今が満開だし、黄色の水仙の花も
満開になった。
 近くの森から、さわやかな風にのって間断なくウグイスの声がひびきわたる。陽気にさそわれて別荘の周りを歩いてみた。つくしがニョキ、ニョキと坊主頭を出している。1本だけあったり、集落となっていたり、太っているもの、やせているもの、小さいのから、背の高いものまでいろいろだ。
地面に目を凝らして歩くと、今にも花が咲きそうなフキノトウを数ヶ所で見つけた。また、わさびの白い花も咲き始めている。まわりの木々を見ると、かすかに新芽が出てきつつある。
 陽あたりの良い土手には、ショウジョウバカマが咲き、その他名前は知らないが、小さい可愛いい野の花が、沢山あちこちで見られる。いつも気には留めなかったが、よくみれば春いっぱいだ。


動物舎の鶏たちも、卵を生む個数が増えてきた。オンドリ達は、力だめしの順位決定戦の戦いを始めた。長い闘いのすえ敗れたものは重傷を負うか、場合によっては死に至る。
春は万物にエネルギーが噴出している。
 桜の花はまだだが、当分の間エネルギーを吸収できそうだ。
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2008 春
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