何もするあてのない休日、隣町の図書館内をブラブラしていて、一冊の本が目に止まった。
表紙の版画は裸の女性であった。手に取ってみたら「不良定年」とある。何となく惹かれた。類は類を呼ぶのだろう。
借りて読みつつ、一人で大声を出して腹の底から笑い転げてしまった。あまりにも、自分の考えに似ていて、著者の飾りのない表現に、ほとほと感服し、一すじの光明を見た。
・落ちぶれた同僚にたかる (同情は命とりとなる)
・宗教活動に関与しない (無常を知る)
・占いを信じない (自分の運は自分でひらく)
・名声を求めない (なにをいまさら)
・義理の葬儀には行かない (疲れるだけ)
・触覚で価値判読をする (女もこれでいくに限る)
・淋しさを食って生きる (孤独は老後の栄養である)
・ぐれる (とことん堕ちてみて、地べたより世間を見つめよ)
・風狂でいく (吉田兼好や西行に学ぶ)
・美的生活 (これが余裕というものだ。一輪の野草を見つめよ)
・ゆっくりと急ぐ (開高健氏の流儀である。残り限られた人生だもの)
・説明はしない (わかんないやつに説明するだけ疲れる)
著者の嵐山光三郎氏が、自分なりの原則を持とうとして、面白く掲げた百項目のうちの一部であるが、含蓄がある。あとがきの「善人定年となるなかれ」では、次のようにあった。
還暦をすぎると、血縁者より友人が、地獄の世間を生きていく頼りになる。生き方は別でも、共通する風雅なる価値観、 共鳴する無駄な時間、遊ぶ企画力が重要な条件で、その共通項が不良性であると述べている。
同世代の著者の考えに親しみを覚えたし、得るところも大であった。人生は常に、始めて経験することばかりであるが、年を重ねても暗いことばかりではなく、楽しいこともたくさんある。
「私たちの生命は、受精卵が成立したその瞬間から、行進が開始される。それは、時間軸に沿って流れる後戻りのできない 一方向のプロセスである。」
「私たちは、自然の流れの前に、跪(ひざまづ)く以外に、なすすべはない」
と生物学者の福岡伸一氏は言っている。 |
|