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 脊振日記 目次(Vol.81) 脊振日記メニューへ バックナンバーへ
1月 1日 冬将軍 1月 16日 人間魔界
1月1日 冬将軍


 新しい年が始まった。脊振へ向かったが、途中の久留米は朝から雪がちらついている。
積雪に対する準備はしてきたが、予想どおり、山道にさしかかった松坂橋の交差点の角に、チェーン規制の看板が出ている。無視して進んだが、永坂まで届かないうちに車がスリップ、止むを得ず、降りしきる雪の中、タイヤチェーンを装着した。寒さがこたえる。
低速のスノー走行にして、鴨池に到着。3羽の合鴨は、寒さも、へのかっぱらしく、水上のバレリーナのごとく元気であり、餌箱も空っぽにしていた。
別荘周辺の積雪は10cm程度、犬のロンとシロも雪の中元気いっぱい。水道は凍結し、出ないが、水飲み用のバケツの表面の氷をとかして、水を飲んでいた。鶏たちは、いつものとおり、小屋の中にひきこもりで耐寒をしている。

 
 元旦早々、厳しい雪の冬将軍にみまわれてしまった。帰りにひと気の少ない鎮守さまの脊振神社に詣でた。今迄は欲張って、多くの願いごとをしていたが、今年は頭の中を空っぽにして、ただ黙然として手を合わせた。
 今年も厳しい試練の風が吹き荒れるに違いない。バブルを求めず、評論家や、周囲の雑音に惑わされることなく、自分自身の足場をしっかり確保して、半歩でも前進出来ればと願う。
そのうちきっと、そよ風や香風が吹いてくることだろう。その時こそ舞いあがろう。
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1月16日 人間魔界


  元旦が雪、そしてまた10日からの雪がいまだ溶けず、寒い寒い日が続く16日、こんな雪の降る中、キャンプ場のカマドで一人、薪を燃やしつつ、その炎の中に山田風太郎の世界を見た。
「その人が大人物であるかどうか、その人がトイレに腰かけている姿を想像して判断の一助としている。おかしくも悲しくもなかったら、その人は大人物でも美人でもない。しかし、想像しただけで、滑稽感や違和感があれば間違いなく大人物であり大美人である。」
「私はずいぶん時代錯誤な一つの夢をもっている。それは、虚無僧か何かになって笛を吹きながら、北陸か山陰の田舎を廻りつつ、どこかで野たれ死したいという夢である。」
「いろいろあったが、死んでみりゃあ、何てこった、はじめから居なかったのと、おんなじじゃあないか、みなの衆」
「人間の大半は、生きていることも死ぬことも、まったく無意義な連中なのだ。ただ死なないから生き、死なないわけにはゆかないから死ぬだけだ。」
山田風太郎の作品は、小気味が良い。さりげなく、かつ、グサリと核心をついている。その感性の豊かさは、異彩を放つ,その生き様には、飾りが無く感心してしまう。もう既に鬼籍に入ってしまっているが、いまわの際、なんと言ったか気になる。多分「もうこれでおしまい」と言ってこの世をオサラバしたのではないか。とにかく、面白い謎の人である。
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2009 冬
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